コロコロのDXを振り返る講演
電子出版における取り組みを表彰し、市場の活性化を目指す電流協アワード2025において「コロコロコミックのDX(デジタルトランスフォーメーション)」が大賞を受賞しました。これを記念したセミナーが開催され、コロコロコミックを代表して小林浩一副編集長が登壇しました。
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本セミナーは『子どもは、未来の主役。その心をつかむ「仕組み」とは』と題され、コロコロコミックのDXへの取り組みを例に「本と子ども」の未来について闊達な議論が交わされました。
まず、電流協アワード選考委員会の植村八潮委員長が大賞の選出理由を説明。
「電流協アワードは電子コンテンツ単体の出来ではなく、その制作と流通方法に重きを置いて選考している。電子出版の市場においてマルチメディア展開が先駆的だった」とコロコロコミックの事例を評価しました。
一貫した理念で成し遂げたDX
第一部では受賞記念講演として「エンタメ思考で勝ち続けるビジネスの成功法則」をテーマに小林副編集長が登壇しました。
小林副編集長は「『コロコロだから、小学館だからできること』といった特 別な視点は排除し、汎用性のある話をしたい。コロコロの事例が出版業界に少しでも貢献できれば」と述べた上で、コロコロのDX事例の紹介を始めました。

YouTube成功の秘訣は「マルチチャンネル化」
小林副編集長が最初に取り組んだのは、YouTubeの規模拡大でした。当時の公式YouTubeチャンネル「コロコロチャンネル」は登録者数が30万人。これを100万人に増やしてほしいと依頼されたといいます。
その時点ですでに十分な数のターゲットにリーチできており、これ以上の増加は難しいと感じたそうです。しかし、YouTubeが子どもにも浸透しつつあった背景から、本格的に拡大へと動き出しました。
小林副編集長はプロダクトライフサイクルの観点から、プラットフォームとしてのYouTubeが成熟期を迎えたばかりと分析し、これからは差別化が必要であると判断。そこで、1つのチャンネルで100万人を目指すのではなく、専門性を持った複数のチャンネルを立ち上げる「マルチチャンネル化」を行いました。

「コロコロコミックが抱えるコンテンツには20年以上続くものがある。メイン読者だけでなく、大人になった元読者もターゲットにして登録者増加を図った」と当時を振り返りました。
制作体制は、IPOが期待される新進気鋭な企業4社に外注する一方で、編集部内に動画制作チームを編成し、内製化も進めました。
これらの戦略が功を奏し、コロコロコミックのYouTubeチャンネルは総登録者数300万人、月間2.4億再生を達成しました。
小林副編集長は「戦略と編集部員の漫画への情熱が揃うと、全く新しいものが出来上がる」と述べ、成功の要因は編集部の総合力にあると強調しました。
コロコロコミックオリジナルのSwitchゲームを!
Nintendo Switchは子どもにとってのスマホ?
次に小林副編集長が取り組んだのは、コロコロコミックのネームバリューを活かしたゲーム作りでした。その着想の背景には「小学生の観察」があったといいます。
「イベントの待ち時間、子どもたちの大半はNintendo Switchで暇をつぶしている。大人にとってのスマホのように、Switchがデジタルインフラとして浸透していると実感した。」
そこでコロコロコミックをSwitchにも進出させることで、子どもとのタッチングポイントの拡大を目指しました。
当初は不評だったAI音声が評価のきっかけに
数々のヒット作を生み出したゲームプロデューサーの植村比呂志氏とタッグを組み、甲虫同士を戦わせる完全オリジナルのゲームソフト『カブトクワガタ』を制作。2023年3月にダウンロード専用で発売された本作は「Nintendo e-Shop」のダウンロード販売部門で最高3位を記録しました。

そして『カブトクワガタ』はTwitter(現X)でも話題に。とはいえ「コロコロがゲーム?」「この時代に昆虫?」「売れなさそう」といったネガティブな意見がほとんどで小林副編集長も心を痛めたと苦笑い。中でも特に否定的な意見が多かったのが、タイトルやメニュー画面のテキストまで全てをAIが読み上げる機能でした。
そんな評価が180度反転したきっかけは、実際にプレイしたインフルエンサーの発信でした。全盲のプログラマー猫氏の「全盲でも遊べるこのゲームはアクセシビリティの革命だ」、クソゲー(※)実況者のからすまAチャンネル氏の「虫のクオリティがすごい。案外作り込まれている」といった声が追い風となり、次第に好意的な反応が多くなっていき、ついにパッケージ版の販売に繋がりました。
※クソゲー:「クソゲーム」の短縮系。低クオリティのゲームを酷評する際に用いる。
すべては”子どものため”を思って実装した機能
「批判されていたAI機能は実は子どものために実装したものだったんです。小学館のDNAとして、子ども向けの媒体には全ての文字にふりがながついています。Switchは画面が小さいので、今回はふりがなではなく読み上げ機能にした。読めない漢字を聞かれるたびに教えてあげる親の負担も解消できます」と裏を明かした小林副編集長。
続けて「『徹底的な小学生目線』というコロコロコミックの信念が成功の要因となった。『子どものために作ったものが他の誰かのためにもなる』という大事な経験をすることができました」と振り返りました。
まんがコンテンツもデジタル展開
コロコロコミックのDXは、メインコンテンツであるまんがでも展開されています。
2025年4月にはSwitch用アプリ「小学館マンガアプリ FOR Nintendo Switch」がリリース。コロコロコミック本誌やコミックスが100円からと低価格で販売され、小学生でも気軽に読めるようになりました。

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また、2022年に公式サイト「コロコロオンライン」内で創設されたWeb漫画サイト『週刊コロコロコミック』は2024年10月のリニューアルで単独のサイトに独立。デジタルでも漫画をより読みやすくする機能が多く追加され、ユーザー数 も増加しました。

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「子どもの心に空き地を」の思いから生まれたプロジェクト
また、目下小林副編集長が力を入れているのが、地方創生プロジェクトです。コロコロコミックのブランド力を活かして地域が抱える課題を解決し、新しい価値を生み出すことを目指しているといいます。
この取り組みのきっかけは、小林副編集長が都会で子どもとキャッチボールをする場所がなく「都会は子どもに寛容ではない」と感じたことでした。都会を離れた場所で、子どもが楽しめる方法を模索し始めたのです。
ふるさと納税とのコラボレーション
最初に目をつけたのは、成長期にあったふるさと納税です。創刊45年の『コロコロコミック』の信頼性を活かし「ふるさと納税に興味はあるものの、あと一歩踏み出せない」という層をターゲットに、親子で楽しめるサービスを提供しようと考えました。
「子どものため」という視点を重視して、神奈川県鎌倉市の湘南モノレールで「1日駅長体験」、静岡県沼津市の影山鉄工所での「溶接体験」といった企画をふるさと納税の返礼品として実施しました。イベントでは、参加した親子の思い出に残るよう、特製の認定証や人気シリーズ『でんぢゃらすじーさん』の特別描き下ろしまんがを用意しました。
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広がる連携と「思い出」の提供
ふるさと納税の取り組みが話題になると、茨城県庁やプロスポーツチームなどからコラボレーションの依 頼が来るように。
各地域や団体のことをより理解できるクイズラリーや、コロコロコミックの人気キャラクターと写真が撮れるフォトスポットを設置し、子どもが楽しめるイベントを企画しています。こうした取り組みを通して、子どもたちに「モノ」ではなく「思い出」という無形の価値を提供しています。
また、内製チームがイベント告知やレポート動画を制作し、現地の「熱」を伝えることで、来場者数も増加したといいます。
小林副編集長は「地方創生でもっとも大事にしているのは、子どもがいかに楽しんでくれるか。今後もさまざまな企画を実施していきたい」と展望を語りました。
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遊びと学びの融合「エデュテインメント」
この地方創生プロジェクトを通して「遊びと学びの融合」の有効性を実感したという小林副編集長。
その一環として、2025年には『でんぢゃらすじーさん』シリーズの曽山先生らと協力し「学校に持って行けるコロコロ」をコンセプトにしたことわざ辞典を発売。さらに、渋谷区立神宮前小学校や私立立教小学校での特別授業も実施するなど、現在は楽しみながら学ぶことができる「エデュテインメント」に力を入れています。
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『コロコロコミック』×『カンジモンスターズ』特別授業イベントを実施しました。
成功の秘訣は「誰に何の価値をどうやって届けるのか」
小林副編集長は、一見バラバラに見えるこれまでの取り組みには、共通した思想があるといいます。
「それは『誰に何の価値をどうやって届けるのか』、そして『我々の強みは何か、どういった理念を持っているのか』という点です。この思想を前提に、子どもたちを観察・分析し、ビジネスの視点を重ねていく。コロコロコミックのDXが大賞を受賞できたのは、こうした要因を評価していただいたからだと思っています」と述べ、講演を締めくくりました。
「子どもと本が出会う場をどう創る」識者ら議論
続く第2部では「子どもと本が出会う場をどう創る?出版・図書館・研究の知見が交差する」と題したパネルディスカッションが行われました。
小林副編集長、植村委員長のほか、選考委員で出版ジャーナリストの飯田一史氏と、白河市立図書館の鹿内祐樹氏が登壇し、それぞれの視点から見る日本におけるまんがの現状と、どのように子どもとのタッチングポイントを作っていくかを議題に議論が交わされました。
子どもがまんがを読まない危機的状況
第1部を受けて飯田氏は「日本の電子コミック市場は非常に大きいが、大半が青年コミックなどが占めており、子ども向けまんがの売り上げが少ないのが現状」と電子コミック市場の問題点を指摘。
その理由として、子どもに電子書籍を読むことを忌避する親世代がいることや、子どもだけでは決済ができないといった事情を挙げ、「今は子どもも1人1デバイス所有している。コンテンツがなければデバイスを扱う動機ができないため、とにかく子どもにコンテンツを届けることが重要。そういった意味でコロコロコミックのデジタル進出は出版業界に大きく貢献しているし、良い参考になる」とコロコロコミックの取り組みを評価しました。
子どもの読書環境をいかに構築するか
続いてどのように子どもの読書環境の整備を進めていくかが議題に。
先駆的にまんがを蔵書し、移動図書館の実施などが話題を読んでいる白河市立図書館の司書・鹿内氏が「まんがは子どもたちと読書や図書館をつなぐ入口」とした上で、まんがを図書館で扱う重要性を来館者の利用実態から解説しました。
それに対して飯田氏が「図書館にまんがの蔵書が増えない要因は日本の出版業界にレーティングがないこと。過激描写の有無のチェックなど手間が増えるため、どこも入れたがらない」と問題点を指摘しました。
これをうけ、植村氏は「『まんがは悪書である』という風潮が完全には払拭できていないのも原因のひとつ。そういった先入観を排除するためにも制度から改善する必要がある。電流協としても出版業界に働きかけていきたい」とまとめました。
また、「我々大人にとって『本に触れる』というのは統一した原体験。今の子どもたちにとっての原体験はデジタルになるかもしれない。タッチングポイントを考える時はコロコロコミックのように子ども視点で何が大事なのか、しっかりイメージすることが重要だと考える」という飯田氏の発言には登壇者全員が頷きました。
「子ども視点での取り組みを」識者のコメント
最後には3人がそれぞれコメント。
鹿内氏は「知らない資料を図書館で探すことはできない。そういう意味でもまんがを図書館に置いて読んでもらうことが重要。読書習慣の裾野を広げることで出版業界に貢献したい」と意気込みを語りました。
飯田氏は「電子書籍市場の伸び率は年々鈍化してきており、何かブレークスルーを探さないといけない段階に来ている。リアル、デジタルを問わず子どものいるところにコンテンツを届けることが大事。子どもの読書環境の醸成とビジネスの両面からまんがを考えてみてほしい」とコメントしました。
小林副編集長は「子どもとの接点を強固にするためにもやはり『誰に何の価値をどうやって届けるのか』が最重要」と自身の言葉を引用した上で「今回のセミナーで勇気を与えられた。電子出版業界を牽引してく存在になれるよう、邁進していく」と感謝と意気込みをのべ、セミナーを締めました。
関連URL:
・電流協アワード2025 受賞記念セミナ ー 「コロコロコミック」のデジタルトランスフォーメーション
・IT media
https://www.itmedia.co.jp/business/articles/2509/02/news047.html